April 22, 2014

仕事と子どもの間で

教師がわが子の入学式に出席した件に関して、その是非を問う声で騒がしかった。本件は、本来はものすごく個人的なことで、その人がどう結論づけたかについては回りがどうこう言う問題ではない。だから、渦中のときに記事を読まなかった(読みたくなかった)。なので、詳しく事情は知らない。

私が現役のワーキングマザーだったころ、保育園の同級生のお母さんで横浜市の教員の方がいた。ちょうど子どもたちの小学校入学準備をしていた頃、「やばい!来年小1の担任になりそうなんだよね、どうしよう」「え?」「だって、担任が休むわけにいかないもん、そしたら○○の入学式には出られない・・・」「そっか」「そうなったらダンナにいってもらうしかない」「残念だね」・・・とかそんな会話をしたことがある。

働く母親は、仕事か?子どもか?こんなシーンに何度も何度も遭遇する。そのたびに、「さて、どうしよう?」と迷いに迷い、どちらを選択したとしても当日になっても胃が痛い思いをしている。どちらを選んでもそれなりの一方に対して申し訳ない思いをもつ。周りの人の冷たい視線も覚悟してのぞんでいる。だからこそ、個人の選択の問題なのだ。

・・・と、男性は仕事か子どもかで迷ったり苦しんだりすることは少ないと思う。2人親ならば、「ママが行くんだよね」と能天気にいうだろうし、シングルファーザーならば職場で何をいわれようと迷わず子どもを取るだろう。

先週頃の文春の中吊り広告、正確には覚えてないけれど

入学式を欠席した「女性教師」を「支持しますか?」

ってのが、あった。わざわざ「女性教師」と書くあたりがあざといし、「支持しますか?」って以前もこんな感じの不快な問いかけをこの雑誌はしてたな、と。

だけど、もし渦中の先生が「労働者の当然の権利」と何も迷いも疑問ももたなかったなら、これはものすごくがっかりさせられる。先生ももちろん個人の労働者としての基本的な権利は守られるべきなんだが、先生が労働者となっちゃったら、公教育も教育産業となんら変わらない。

「祝い事と不幸事が重なったら、不幸事を優先。公私で祝い事が重なったら、公を優先。公私で不幸事が重なったら、私を優先。こんなの常識ですよ?」忘れてたけど、思い出した。

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April 15, 2014

小1の壁

(先週の日経新聞の記事から)

働く親に「小1の壁」コスト 10万円のセレブ保育も

今の横浜市の状況も調べてみたけれど、私が学童保育と出会った20年前とたいして事情は変わっていない。

待ちに待った入学式、手を引いて保育園に連れて行かなくても小学校ならば一人で通える!集団登校が多いので、登校時の心配はほとんどない!あー、これで保育園の送り迎えから解放される!わけもなく、1学期の間は、給食も食べずに午前中で帰ってくるし、夏休みは学校にはいけないし・・・ミチハマダナガイ。

ついこの前まで、給食を食べお昼寝をし、充実したおやつを食べ、暗くなっても誰かが一緒にいてくれて遅くなるときは軽いおやつまで出る。ついこの前までそんな生活をしていた親子の試練の時だ。

「小1の壁」を乗り切るために自分や周囲の人が実行していたのを書き出してみた。決して褒められる方法ばかりではないけれど、いろんなことをやるしかない。

(1)学童保育を使う。
(2)ベビーシッターを頼む。
(3)近くに祖父母や親せきがいればそれを頼る。
(4)塾や習い事をびっちり埋め込む。
(5)近所やお友達の家を頼る。
(6)何もしない、子どもに一人で留守番させる。

わが家では、最初は長女を地元の学童保育に入れた。思いのほかこれが大変だった。当時は、1年生は5時までに保護者が迎えに来ることになっており決して子ども一人では家に帰さない・・・「5時にお迎えって・・・?」保育園では7時ぐらいまでは延長保育でみてもらえるのに・・・。

1学期の間は午前中で授業が終わるので、お弁当をもってゆき、学童に行って食べる。朝お弁当を作って持たせなければならない。狭い学童の部屋では保育園での日課だったお昼寝はとてもしてられない。

なんとか1学期を乗り切ったら、長~い夏休み。これがまた試練。指導員の数が少なかったため、夏休み中は順番に保護者がスタッフとしてお手伝いをしなければならなかった。夏休み中、最低2回。このために会社の休暇をとらなければならない。このころとても忙しい仕事を抱えていたので7月・8月はとても休みを取れる状態ではなかった。でも、例外は許されない。皆も同じだったから。

秋になって、「学童やめていい?」と娘が言い出した。私がしんどい思いをしていただけでなく、当の娘もなじめなかったようだ。「やめてもいいよ」というと翌日すぐに指導員に伝えたらしい。よっぽどしんどかったんだなぁ、ごめんね。

学童をやめてからは(2)と(5)と(6)の組み合わせだった。
私の両親の家に同居していたけれど、父が入院しており、母はつきっきりだった。

ある日の夕方、一人で待っていて暗くなってきて心細くなってきたんだろう。お隣のおうちをピンポーン「○○子のお世話をしてください。」と自分で言いに行ったらしい。快く預かっていただけたようだ。ご近所の方に日ごろから、何かの時にはよろしくお願いします、と伝えておいてよかった。

お友達の家で夕食まで過ごさせてもらったこともある。

ともかくいろんな人に支えられてなんとかやりきった。
「小1の壁」は自分ひとりで何としようと思わないこと。結果としてわが家の娘たちは、多くの方々に育てられてとても幸せだったと思う。


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