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October 13, 2012

「本当は怖い昭和30年代」

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確かにね、「昔はよかった」と簡単には言えない。昭和31年生まれの私にとって、昭和30年代というのは9歳までのドップリ子供時代だ。思い出してみても多くの不思議に満ちてはいたが、決して明るいキラキラした時代ではなかった。


私は、神戸というハイカラな都市の片隅の今から思えば海と団地と田園風景が混ざった小さな田舎街で育った。その街で2歳から16歳までを過ごした。


私が学んだ高丸小学校は、当時は広大な敷地に木造の校舎が並んでいた。1年生に入学した時は一クラス45人ぐらいで6クラスだったが、二三年下の学年になると、一クラス50人で8クラスに膨れ上がり、全校生徒2000人。床にひかれた油の臭い、花子サンどころじゃないいろんなモノのいるトイレの強烈な臭い、校舎の裏側にはいろんな影があってそれはそれで怖かった。


ちょうど小学校3年生のころ、「放射能の雨が降るから雨の日は傘をさしなさい」と言われていた。チェルノブイリ級の放射能が全国に毎日降り注いでいたようだ。それだけじゃない、人工甘味料と人口着色料だけで作られたような粉ジュースを毎日がぶ飲みしていた。インスタントラーメンが出てきて毎日のように食べていた。最初はチキンラーメン、次はエースコックのワンタンメン、よく食べた。父はヘビースモーカーだった。副流煙はたっぷり吸い込んでいると思うけれど、幸か不幸か企業戦士の父が家にいることは少なかった。大きな工場はなかったけれど、住宅街の中にある小さな工場(こうば)からは臭い水がどぶに流れていて、たぶん溶剤やら何やらが垂れ流されていたみたい。近くにごみ焼却場もあった。
私の同世代の人たちはたぶんみんな「私ら長生きしないよねぇ」と思ってると思う。


高度成長期を経て急速に街はきれいになった、清潔になった、体に悪いものがなくなっていった。最近になって世の中が不景気だって言われてからもずいぶん街はきれいになり続けている。いろんな弊害もあるかもしれないが、今の街のほうが私は好きだ。先人たちが、きれいにしよう、清潔にしよう、安全にしよう、と作ってきた街だもの。


ところで、この本買うほどじゃありません。

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